爆裂ナイーブが見た世界

爆裂な線香花火

ただし、興味のある話しに限る

 わたしはサピオセクシャルだ。と思っていた時期がある。

 自分自身の性的な嗜好に名称がついていたとは露知らず、そのワードを聞いた時は『ほほー!そらわいのことやないか。サピオセクシャル、なるほど。わたしの性癖にもこじゃれた名前が付いていたのだな、ふむふむ』と感心したものだ。

 サピオセクシャルとはどのように解説されているかちょいとウェブで調べてみたのだが、1998年にシアトルのブロガーでエンジニアであったダレン・ストルダーが自身の性的嗜好を表現するために作った造語、とのこと。

 サピエントとはラテン語で賢いの意味。我らホモサピエンスもここからきていますな。(生まれた時から『賢い人』なのであるよ、私たちは。わはは)

 で、ダレンは哲学的な会話をすることは彼にとっての前戯だ。とご自覚なされていた。高い知性を備えた対象に性的な魅力を感じるのだと。要は目の前にいる女性に『人が人たらしめるものとは如何なることか』とでも問うて、『ソクラテスに言わせれば知を知らぬが最もたる人である証明なり』なんて答えでもすれば、それはもうなんていうか始まっちゃってるよ、と。彼にとってのコレは会話をしてるんじゃなくて前戯の真っ最中なのだよ、と。

 古代ローマ哲学からのベッドイン。恐らくそれがサピオセクシャルという性嗜好を持つ者の事における流れなのだろう。サピオセクシャル。それは知性と欲望、フィロソフィーと動物的な欲求が相まった新たな性の扉である。のかもしれない。

 そんな命名の背景があるサピオセクシャルだが、性的な嗜好以外にも何となく思ってはいるが言語化できない感情や薄々気づいてはいたが言葉では表現できず捉えどころのない違和感になるだけだった感覚なんかにも、実にしっくりくる名称があてがわれていることが多く驚かされる。更にその形容のされ方が見事に己の感覚にハマった時はなんとも言えぬ心地よい気分になる。なるほど、今まで何者かわからなかったこの感情や感覚はつまりはこういうことであったのだなと。言語化されることで不可解だった現象や感情を頭で理解できるようになるのだ。そして、一度頭が理解すれば違和感は割とそそくさと昇華されてゆくもので、よほど心にわだかまりが残らない限りモヤモヤはスッキリと晴れていく。

 ホモサピエンスたる我々人間は説明のつくことが大好きなのだ。そして、逆のことにはめっぽう弱い。何世紀という歴史を見ても未知に対する恐怖と嫌悪、そして受け入れるのではなく排除しようとする衝動を克服する兆しは今現在でも限りなく無に近い。(近年、この辺りは世界規模でかなり頑張ってはいるのだけど、頑張り方が違うのではと思うことも多々あり、なんだかな。といったしょっぱい気持ちにさせられている。)

 それにしても、全てを言語化しようとする人間の能力、特に形容詞での表現力とはすごいものだと感心する。捉えどころのない感覚ですら形容して表現してしまうっちゅー、人知をもっての奇跡の荒技。この無責任にも次から次へと万事を解説していく『取説製造マシン』としての役割を担う形容詞の乱暴さからはどうにも目が離せない。『それ、すなわちこういうことだから』と、そこらじゅうの物事に説明書きのステッカーをひた貼りまくっている。『はい、これにて本件は説明済み』とでも言わんばかりにだ。

 名詞が『これはこうなんデス!』といった『見りゃわかるだろーが』関連の物事だけを表すなら、形容詞は『なんつーか、えっと、そんなカンジであり尚且つこんなカンジでございまして、つきましてはこのように表現させていただきます』ってな感覚で、本当にそれで大丈夫か?というような内容であっても説明済みステッカーをペーンッ!と貼り付けてしまうような、一方的で強引な側面を含んでいる。とにかくあらゆる物事は形容されて説明されて皆様にご理解をいただいているのだ。どこの誰へ向けてということではなく、人間はとにかく説明をつけることが好きだからという理由で。

 『得体の知れないものは排除しようぜ、なんかおっかないから』という人間の本能について前述したが、その抵抗として理屈をつけるのだろう。そうして未知を既知として受け入れるのだ。たとえそれが無理矢理な力技だとしても。

 そこにきてサピオセクシャルという性的嗜好のカテゴリー形容詞のご登場ですよ。哲学的な話に頭ではなく下半身が反応したエンジニアにより生み出された造語によって特定されてしまった私の知られたくなかった性癖。そこはひとつ暴かんといてほしかった。一時期は『そうです、身体的な特徴よりも、そのお方の知性にただらなぬ性的な魅力を感じております。バレちゃしょうがねぇや、うっへっへ』と開き直り、知らぬところで『ご説明済み』ステッカーを貼られていた己の性の嗜好傾向になるほどと納得していたのだが、ここにきて別の考えが浮かんできた。

 感情や嗜好(思考)や思いといった類のものを完璧に言い表すのには限界があったはずだ。そういえばそうだったよね。といった感じだが、絶筆に尽くし難いって見事な表現がそもそも存在しているわけだし。

 どうにも形容し切れない、つまりは説明、特定や断定し難い物事、感情ってのはわんさかとあるのだ。だから、何でもかんでもに無理矢理『(例の声で)説明シヨウ!』って理屈をつけなくても別にいいんじゃないの?といった考えも存在していいのではなかろうか。

 未知のものや不可解を理解しようとするのが我らホモサピエンスの特性だから仕方がないと言えば仕方がないんだけど。ある意味、本能的な行動よね、未知を解明して説明をつけるってのは。ただ、理解できないことだって必ずや、ある。しかも少なくない。であるにも関わらず、説明のつかないことイコール恐怖の対象、排除すべきものという極端な結論に至る所はホモサピエンスの初期設定のバグなのではないかと思うのだ。この設計ミスは自動車メーカーに置き換えればとんでもないリコール案件だろう。ブレーキなしで直進しかできない車を出荷したようなものだ。

 話は戻って私の性的嗜好の話しなんだが、確かにわたくしにはサピオセクシャルの傾向がある。あるにはあるのだが、よくよく考えて知性に性的魅力を感じるにしても『ただし、興味のある話しに限る』なのだよ。

 私が惹かれる知識を語られないのであれば魅力は感じられないわけで。結局は相手の知性が私を惹きつけるソレなのかそうではないのかだけであって、まあ目の前にいる男性(女性)の話してることに私が興味があるかないかだけだよね、結局のところ、ってな着地点に至ったのである。

 せっかく新たにカテゴリー分けしていただいて私の知られざる性的嗜好を特定された気分になっていたけど、要は単なる私の好みの話しなのだ。蓋を開けてよく見てみれば『興味のある事には惹かれます。それ以外の事にはそうでもありません』って。そんなん誰だってそうやないか!!という当たり前なツッコミで締め括られる結論に行き着いたのだ。

 人それぞれに好みがあるのは至極当たり前のことであるのに、その傾向に敢えて理屈を求めて説明をつける必要はあるんだろうか。理解を求めるために説明が必要だが、説明するために端的に形容されてしまった思いは本来あるべき姿よりもずっと薄っぺらいものに見えてしまう。それはあんまりではないか。

 どんな知識や知恵や物事に惹かれるかは私が決めて、私が自分の言葉でそれについてを説明したいのだよ。さらに言えば、それに名前がついていなくたっていい。誰に納得してもらうべきことでもないのだから。

 心を奪われる。心が踊る。もっと知りたいと強い関心と畏怖の念を持って自ら深みにはまりたい。そう思えること。それはどんな世界に対してなのか。

 私の好みについて、私の世界について誰か他者に解説されたくはないのだ。理由をつけられるのも説明できるのも、私だけのはずなのだから。

 最後に、私について説明するに値すると思える人に出会ったらこのように伝えたい。


 「あなたには知ってもらいたい。だから、うまく伝わらないかもしれないけど説明したい。少しでも理解して欲しいから。私が好きなのは、心を動かされるのは、例えばこういうことなのだ。なぜかというと・・・」


 これを繰り返して人と人はお互いの理解を深めるのではなかろうか。果てしないが疎かにしては決して得ることの出来ない相互理解。一筋縄では行かないほどに人を知るという事はそもそもが途方もないのだ。

 本当の気持ちを伝えるのには時間がかかる。わかってもらうまでにも時間はかかる。だから、少しずつ言葉を重ねていくしかない。それに、お互いを理解していくための時間は本当はいくらでもあって然るべきのはずなのだから。

 

※これを書きながら、サピオセクシャルであるなら私の子宮は下腹部ではなく前頭葉あたりにあるのかもしれないな、と考えたんだが瞬間的に『いや、それはキモいな』と思い止まった。性的な魅力を感じる脳の機能の役割は子孫を残す本能に起因するだろうし生殖行為そのものへと繋ぐことであるなら、私は知的好奇心をくすぐられて恍惚とした気分になっても生殖活動の本能スイッチが押される程の性的興奮は覚えないな、と改めて思うに至った。

興味深い話題には性欲に近しい興奮を覚えるが、それでもその場では股は閉じているだろう。ゆくゆく開くかもしれないが、それは知的興奮を経て性的に肉体が反応した時だ。うん、それってディナーデートして会話が楽しくて、3回目のデートでベットインってゆう王道パターンと同じだよね。既存やないか。それも、王道中の王道やないか。

となると、結局のところ私はサピオセクシャルではなく単に好みのタイプが知的な人、という事なだけであった。

ただし、私が興味のある話題に限り、なんだが。


2023.05.07